1000 円かからずに知らない世界を垣間見ることができる、数千年前から存在する素晴らしいツールに日々感謝。
ちょっと前にネットを何気なくみていたら「月に 1 冊も本を読まないひとは 60% を超える」と記事がありました。これには「本を読まなくなることの弊害」として「言葉が通じなくなる」「言葉から日本の美しさが失われる」など、かなり否定的な意見も載っていました。まあ、「若いひとが本を読まない」というのは今に始まったことではないような気がするのでそれだけで目くじらを立てることもないような気がしますが。
ちなみに院長はむかしからいまに至るまで本が大好きです。ですので、なかなかこの「本を読まないで生きる」というスタイルで過ごした時間が長くありません。この記事を読んだとき、ちょっと「本を読まない生活」は想像することも難しいな、と思いました。そんなことを考えているときに「本が好きなひとが出てくる本を読んでみるか」と思って早見和真さんの『店長がバカ過ぎて』を読了しました。タイトル通り、「バカ過ぎ」、でも愛すべき店長を一本の縦軸としてストーリーが紡がれ、なんらかのお店にバイトで入って「店長!」とか言ったことが一度でもあるひとならきっと分かる、数多くの "あるある" を面白がりつつ、ラストはザザッと伏線回収して読後感爽快、というストーリーでした。バイトしているウチの子どもたちに薦めたい。
このおハナシ、軽やかな語り口で笑わせながら、実は「働くとは何か」「組織とは何か」「人と人との距離感とは何か」という問いを提示してくれています。書店員の日常という、一見すると身近でささやかな世界の中に、社会の縮図がギュッと詰まっていて。読んでいるあいだ、院長は何度も笑い、そして「店長」を「院長」におきかえて震えたりしていました。
さて、本というのは不思議な媒体です。紙とインクだけでできているのに、少し読むだけでそこに大きな世界が立ち上がります。電源も Wi-Fi もアップデートもいりません。バッテリー残量を気にする必要もなく、ただページをめくる、というただそれだけの動作で、時間と空間を超える体験ができます。書物という括りでいえば、エジプト・パピルスの時代からあるらしいのでもう 5,000 年以上の歴史があるワケです。
そして、本はコスパが最高に良いツールです。まず価格。いい本は、時間のふるいにかけられて生き残ります。名作はたいてい文庫になっていて、今なら 700 円、800 円、少し厚くても 1000 円前後で購入できます。好きな本ならハードカバーで買ってもまあ 2000 円くらい。かかるコストはこれだけです。映画なら 2 時間で 2000 円。動画配信は月額制。ゲームは数千円から一万円。どれも素晴らしい文化ですが、「1000 円でこれだけ濃密な時間を得られる」という点では、本が最強でしょう。
さらに、いい本は「読了して終わり」ではありません。読後、自分のペースで何度も味わえます。一ヶ月、もしかすると半年くらい、心の中で反芻できます。これがゲームだったらそうはいきません。院長は『ドラクエ好き』ですがなかなかゾーマを何回も倒してやろうという気にはなりません。時間がありあまっていた子供の頃でもパーティに "あそびにん" とかいれたりしてハードル上げて 2 回倒したくらいかなぁ。でも本なら何度読み返したかわからないものが幾冊もあります。登場人物の言葉が、診察室でふとよみがえったり、通勤途中に「あの場面はああいう意味だったのか」と気づいたり、人との会話の中で物語の一節が自分の言葉として立ち上がったり。本は、読み終えたあとからが真髄だったりするわけです。
本を読むことは、大げさに言えば作者の脳内に入り込むような体験です。作家がどんな語彙を使い、どんなリズムで文章を組み立て、どんな比喩で世界を切り取るのか。それを追体験する。これは、案内地図を片手に持って挑むリアル巨大迷路のような感じ。ただ、その地図は自分の "アタマ" をしっかり使わないと迷路の壁に書いてある重要なメッセージを見落としてしまうリスクを孕んだ不完全なもの、というイメージでしょうか。
さらに、読書は「静寂環境」を提供してくれます。現代は常に通知が鳴る世界。スクロールすれば次の刺激。広告。おすすめ。関連動画。一方で本はページの向こうから何かを売りつけてくることはありません。読者の注意を奪い合うアルゴリズムもない。電車のなかでも街のカフェでもひとが行き交う渋谷のハチ公前でも、本を開いた瞬間にそこにあるのは目の前の物語と、自分の思考だけ。この「ノイズの少なさ」は現代においては贅沢な体験なのかもしれません。
もちろん、読書は義務ではないので、「月に ◯ 冊読まないとダメ」という話ではありません。むしろ逆で、自分のペースでいいと思います。薄い本でも漫画でもエッセイでも、オトナの小説でも何でもいい。大切なのは「活字の世界に触れる時間」を生活のなかでほんの少し持つことのような気がします。
ときに本は「タイパが悪い」と言われます。ただ、読書は不思議なことに、ゆっくり読むほどリターンが大きかったりするのです。急がなくていい、というかゆっくり味わう。考える。立ち止まる。そんな感じで焦らず読み進めたほうがあとで "残る" 気がしますので、タイパはあまり気にしないでよいでしょう。
出版不況と言われる現代ですが、電子書籍でよいので「本を読むという文化」が今後もサバイブしてくれることを心から祈念したい。そしてすべての物書きの方々に、われわれ読者を楽しませてくれるために自分のカラダを削るようにして働いていることへの感謝を示したいです。そして自分もいつか何らかのものがたりを残すことができればと密かに思っております。
