尿タンパクをいかに出さないか、が腎臓を長く健康に保つために極めて大切です。
東京医科歯科大学泌尿器科の大先輩である、埼玉医科大学総合医療センター名誉教授の 斉藤 博 先生が『日本泌尿器科学会雑誌』2006 年に医聖と呼ばれる古代ギリシアのヒポクラテスが記録した尿の所見について述べた論文があります(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnjurol1989/97/1/97_1_10/_pdf/-char/ja)。その頃(2400 年前!)から尿所見が何らかの疾患を示していることは知られていました。もっと古い記述だと、古くはインドのヒンドゥー教の医師が紀元前 4000 年頃に尿タンパクを見つけた、なんて記録もあるそうです(諸説あり)。
さて、日本では 1974 年に法制化された学校での検尿がは小児期に発症する多くの腎疾患の早期発見に大きく貢献していると考えられます。ただし、この検尿、学校に通っていたり会社に務めていると必ず受けることになりますが、40 歳未満の就業していないひと(たとえば専業主夫や専業主婦)には検尿を受ける機会がほぼなく、それによって進行した状態で腎疾患が見つかることがあります。このことは日本腎臓学会から出ている「一般臨床医(プライマリ・ケア)のための検尿の考え方・進め方」においても「問題である」と記載されています。もし現在学校や会社などに所属していない方で 40 歳未満(要するに特定健診の案内が来ないひと)であればぜひ年に一度は検尿をしてみてください。今では薬局で購入できる尿試験紙(しかもそのままトイレに流せる)も一般向けに販売しています。どうしても時間がないひとはせめてそれを。
では、検尿でどのような疾患を見つけることを念頭においてこの政策(学校なら学校保健安全法、職場なら労働安全衛生法に基づく)は施行されているのでしょうか。よく「糖尿病をみつけるために尿糖見ているんでしょ?」と言われることがあります。確かに若年で糖尿病(いわゆる I 型)をチェックする、ということもありますが、若年者の I 型糖尿病は症状(ひどい口渇や腹痛など)を契機として受診されて診断を受けることが多く、健診で見つかる、ということは少ないです。それではどういった疾患がターゲットかというと、ズバリ言うと「IgA 腎症」と呼ばれる(診断時は無症状の)糸球体腎炎と呼ばれる疾患です。この IgA 腎症において、尿タンパクは今後腎機能がどのくらい維持されるか、はたまた生命予後の強力な予後因子となることがわかっており、早い段階で診断をつけて治療につなげることが極めて重要です。
まず、健診で尿タンパク3+ 以上を指摘されると、大体 15 年で 15%、すなわち 7 人に 1 人は透析導入に至る、というデータがあります。これに対して尿潜血3+ であっても透析に至るリスクは(タンパクに比べると)それほど大きくなく、潜血が出ていてもタンパクが少なければ腎機能は十分に保たれます。
ここで重要なのが「そもそもどの疾患で腎機能低下をきたしているのか、すなわち慢性腎臓病(CKD)になっているのか」です。というのは、東北大学のデータみると、IgA 腎症など、慢性糸球体腎炎と呼ばれる病態の患者さんが心血管イベントなど重篤な血管疾患を引き起こすリスクが 1.0 とすると、高血圧による腎硬化症のそれは 3.33 倍、糖尿病性腎症のそれは 5.93 倍と報告されています。すなわち、当院のようなクリニック・診療所でうまく血圧や血糖のコントロールがつかずに腎機能がジリジリと低下していく(はっきりその徴候が見て取れるまで数ヶ月から数年かかることもありますので "長〜い目" で見ていくことが必要です)場合は積極的に病院の腎臓内科専門医の先生と連携し、原疾患の評価をしてもらうことが必要となります。細かいことを言うと、腎機能によいとされる RAA 系降圧剤を投与して治療し、降圧目標に達しても尿タンパクが 1g/gCr (Cr はクレアチニン)を切らない場合などが連携するタイミングとされています。とにかくタンパク尿をしっかりとフォローしていくことが患者さんの「生命予後」「腎臓予後」に重要なので、そこは忙しい外来のなかでも注意するようにしています(ですので高血圧や糖尿病の患者さんにはしょっちゅう検尿をお願いするわけですが、ご理解ください)。
・・・とまあここまで腎臓について 1 週間いろいろと述べてきました。体内の臓器はすべてヒトの恒常性維持のために重要な役割を担っており、現在日本人の多くが送っているライフスタイルなどを考えると腎機能維持の重要性は日に日に増しています。院長も泌尿器科医として、神奈川県西部の腎機能維持・増悪防止に少しでも貢献するべく、日々診療してまいりたいと思います。
ところで院内の改修工事がようやく終了しました。8/17-24 まで 8 日間、ずっと工務店の方が頑張ってくれました。明日から心機一転また診療がんばります(あと 5 分で "明日" ですが)。
