会議でもメールでも医療の現場でも "本来の目的" を忘れないでおきたいものです。
[2026.03.19]
つい先日、がん研有明病院 勤務医時代の部長と手紙・メールのやりとりをすることがありました。こんなとき、よく陥るのが「文面を考えすぎてやたら時間がかかり、そもそもの目的、すなわち "簡潔に用件を伝える" ということがおろそかになる」という本末転倒です。こういったことは職場で「資料をきれいに作り続けてるけど、本来は“意思決定を早くするため”だったよなぁ」とか「会議をたくさんやってるけど、本来は “決めるため” だったよなぁ」のようなパラドックスとも共通するようなことかと思います。
同様のことは医療現場でもあって、
「検査がどんどん増えちゃったけど、本来は "(医療者側ではなく)患者さんを安心させて診療を進めるため” だったよなぁ」
「薬が増えてしまっているけど、本来は “腎機能などの数値よりも患者さんの生活の質を上げるため” だったよなぁ」
「ガイドラインについ目が向きがちだけど、本来は “その人に合った医療を追求するため” だったよなぁ」
など、"手段の正しさが目的化してしまう" というのはどの業界でも共通。これはヒトが特性としてもっている「ヒトは安心できる方法を取ることで落ち着く」ということが関連していると考えられます。
当院には日々多くの方が来院してくださっていますが、なかには "血圧の数値を下げることだけ"、"血糖値と HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー。過去 1-2 ヶ月程度の平均的な血糖状態を示す指標)を適正値にすることだけ" など、その患者さんの健康状態ではなく数値ばかりに注意が向いてしまっている傾向が、われわれ医療者側もそうですが、患者さんご本人にもみられてることがあります。本来医療機関に受診されるときというのは「健やかに過ごしたい」「自分らしい生活のためにカラダの不調を改善したい」「病気があったら早くみつけて早く治したい」などの願いを持っているはずで、こういった "そもそもの目的" を見失わないよう心がけたいと思います。
現代は社会の変化が激しく、将来の予測が困難な "VUCA"(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という 4 つの単語の頭文字をとった言葉で、目まぐるしく変転する予測困難な現在の状況を示すコトバ) の世界といわれます。このような時代において、われわれ医療者が身につけておくべき「本質を見抜く力」とはどういったことが挙げられるでしょうか。
近年の教育学や経済学の研究では、人間の能力を「認知能力」と「非認知能力」という 2 つの側面で捉える考え方が主流となっています。この二つは、ビジネスの世界で語られる「サイエンス(論理・分析)」と「アート(直感・感性)」の関係に似ています。これは医学においても同様のコンセプトで語られることがあります。医学教育の基礎を作り上げたカナダ出身の偉大な内科医、ウィリアム・オスラー先生は "The practice of medicine is an art, based on science." (医学を実践することはサイエンスに裏付けられたひとつのアートである)という名言を残しています。"アート" と "サイエンス"。日本語に直訳するとその意味合いが失われてしまうので、一言でいうのが難しいのですが、ものすごくざっくりいうと「認知能力」がサイエンス、「非認知能力」がアートにあたるでしょうか。
この「サイエンス x アート」と「認知能力 x 非認知能力」。対として共通する点があるようにみえますので明日はそれらについて医療者の観点から述べてみようと思います。
