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40 年経っても色褪せない大好きなミステリ実写化の演出が素晴らしかったので是非おすすめしたい『十角館』。

[2026.08.31]

昨日のブログでテレ東ドラマ、『シナントロープ』について書いてみました。最近の若い役者さんは本当に演技が上手いですね。ジャニーズや AKB などのアイドルが必ずドラマの中心人物のひとりで出てくる、みたいな旧態依然なテレビ的な因習がもはやなくなったおかげなのか、純粋にさまざまな映像学習ができるようになって役者さん全体のレベルがあがったのか。いずれにしても視聴者にとってはありがたい限りです。その『シナントロープ』に田丸哲也(アオバト)役で出演されていた 望月歩 さんが出演されている連続ドラマ、『十角館の殺人』を一気視してしまいました。なんといってもあの有名な傑作ミステリ・『十角館』の実写化です。相当期待して視聴しました。それはもう。

この作品の舞台とされたのは 1986 年(小説としての発表は 1987 年)。ちょうど 40 年前のこの年は、院長にとって個人的に大変思い出深い年です。ただし、それは「今思えば・・・」というハナシで、当時小学生の院長が「1986 年という時代」を意識して生きていたわけではありません。子どもにとって年代などというものは、大人になってから振り返って初めて意味を持つものです。

あまりにも有名なミステリなので紹介はさらっと触れるだけにしますが。『十角館の殺人』は、大学のミステリ研究会に所属する学生たちが九州の沖合に浮かぶ孤島「角島」を訪れ、そこには十角形という異様な形をした建物、「十角館」が建っていて、そこで連続殺人が始まる……という典型的な「孤島もの」の連続殺人です。

外界から隔絶された島。逃げ場のない館。ひとり、またひとりと減っていく仲間たち。アガサ・クリスティー以来、何度も繰り返されてきた設定です。ところが『十角館の殺人』は、その古典的な形式を使いながら、日本のミステリ史そのものを変えてしまいました。詳しくは書きませんが、大学 2 年の頃、現在腎臓内科医をやっている同期にこの小説を借りてひとり暮らしのアパートで面白くて読了したのが夜中だったのですが、そのときの「あの一行の衝撃」は今でもよく覚えています。未読の方は是非ご一読を。

この作品にはもうひとつ、2026 年になった今だからこそ感じる面白さがあります。それが「1986 年」という時代。2026 年、もはや『十角館の殺人』は成立しません。現在はスマートフォンがあります。誰かと連絡を取ろうと思えば電話できます。LINE などの通信アプリもあります。位置情報もあります。写真も動画もその場で撮れます。何か分からないことがあれば、その場で検索できます。島で事件が起これば、電波状況という問題はあるにしても、衛星通信まで含めれば「完全に外界から遮断された空間」を作ること自体が難しい。

一方、1986 年にはスマートフォンどころか携帯電話そのものが一般的ではありません。インターネットもありません。情報は、そこにいる人間が持っているものがほぼすべてです。つまり「知らない」という状態が、今よりはるかに簡単に成立したのです。これはミステリにとって重要なことです。最近(2022 年)に発表された傑作ミステリ、『方舟』も「外界から遮断された空間」は用意されましたが、スマートフォンを排除していません(というか、スマホ機種が推理事項のひとつになっていたりする)。

現代人は情報が少ないことに不安を感じます。しかしミステリという物語においては、その「情報の不足」こそが想像力を生みます。誰が犯人なのか。島の外では何が起きているのか。あの人物は何を知っているのか。読者はわずかな手掛かりだけを頼りに考えなければなりません。検索窓はありません。AI に「この状況で最も可能性の高い犯人を教えてください」と尋ねることもできません。自分の頭だけが頼りです。

考えてみれば、この 40 年間は「分からないことを減らしてきた時間」だったのかもしれません。1986 年、知らない言葉があれば辞書を引きました。知らない場所へ行くなら地図を広げました。駅で待ち合わせしてもそこ友人が家にいなければ、連絡する手段がなく、ひたすら待つしかありませんでした。テレビ番組を見逃せば、そこで終わり。新聞を読み逃したら記事を見ることも難しい。情報には常に「取り返しのつかなさ」がありました。

ひるがえって 2026 年。ほとんどのものは検索できます。ドラマは好きな時間に観られます。分からない言葉は数秒で調べられます。昔の作品について知りたければ、Wikipedia も YouTube もあります。『十角館の殺人』についても、考察動画、解説記事、インタビューなどがいくらでも見つかります。

間違いなく、便利になりました。ただ、その便利さと引き換えに、われわれは「分からないまま考える時間」を少し失っていつつあるのかもしれません。そして面白いことに、そんな 1980 年代の小説が、40 年近い時間を経て映像作品として蘇りました。

「これは映像化できないだろう」

長年そう言われてきた作品です。小説だからこそ成立する仕掛けが、その核心にあるからです。ところが実写版を観て驚きました。原作のファンである自分も "十分呑み込める" 演出になっていたからです。現代の映像技術を使いながら、作品の根底にある「見えているのに見えていない」という感覚がきちんと大切にされていました。

40 年前の物語を、40 年後の映像技術が再解釈する。面白いですね。当時は存在しなかった動画配信サービスで、1986 年を舞台にした物語を、2026 年の自分が観ている。さらに視聴後には YouTube で考察をみることもできます(自分は観ていませんが)。おそらく 1987 年にこの小説を最初に読んだ人には想像もできなかった鑑賞体験でしょう。

しかし一方で、最後に残るものは同じです。「そういうことだったのか!」という驚き。媒体が紙であろうと、映像であろうと、40年前であろうと、2026年であろうと、人間が「騙された」と気づく瞬間の快感は変わらない。ここに名作の強さがあります。

技術は古くなります。社会も変わります。電話は固定電話からスマートフォンになり、辞書は検索エンジンになり、テレビは動画配信になりました。しかし人間の驚き、恐怖、好奇心は、それほど変わっていない。『十角館の殺人』が 40 年近く読み継がれている理由は、そこにあるのかもしれません。

十角館の島から 40 年。世界は大きく変わりました。しかし、物語に心を奪われる人間そのものは、案外変わっていないのかもしれません。懐古趣味ではありませんが、これからも(新旧問わず)名作を実写化してくれる監督・演出の方やスポンサーに期待し、感謝して味わっていきたいと思います。

とりあえず『十角館』に引き続いて実写化された『時計館の殺人』を、(ドラマばかり観ていたら時間がいくらあっても足りないので)もうしばらく経って時間ができたらこちらも一気観したいと思います。あとは青崎有吾さんの小説『地雷グリコ』なんかも実写化されるらしいのでこちらも期待。

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