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AMR は医学の分野だけでやろうとしても意味がなく、いろいろな学会や団体が関わるので本当に難しい問題です。

[2025.08.10]

東京で勤務医をやっていた院長が秦野で開業して 2 年半にしてつくづく思うことがあります。それは「標榜している診療科に関係なくいろいろな患者さんが来院される」ということ。もともと内科・小児科・皮膚科をメインに診療していた前院長の患者さんを引き継いだということもあり、現在でも来院される患者さんのちょうど 50% くらいは内科系(高血圧・糖尿病・脂質異常症・高尿酸血症・甲状腺疾患・慢性腎臓病など)です。残りはというと 35% くらいが院長の専門である泌尿器科で、さらに残りの 15% は本当にいろいろです。

そのなかには外傷の方(ハチ刺されなどの虫刺症なども)やアレルギー(植物かぶれや原因不明のかゆみとか)症状の方もいれば、腰痛膝痛や、頭痛やめまい(脳梗塞などの疾患が少しでも考えられる場合は近隣のくまざわ脳神経・内科クリニック様に紹介して診ていただいています)など、多様な患者さんが来院されます。

そのなかでほぼ全例で抗菌薬を使う必要があるのが動物による受傷。イヌでもネコでもネズミでも投与すべきとされていますし、ヒト(すなわち、ケンカとか)に噛まれた場合も抗菌薬の投与が薦められます(クチの中には黄色ブドウ球菌とかバクテロイデス属とかたくさん細菌がいます)。これらの "動物" に噛まれたときによく処方するアモキシシリン・クラブラン酸という薬の流通が不安定になっているときが最近よくあるのですが。

そんな抗菌薬について、先日も AMR という言葉を紹介ました。すなわち AntiMicrobial Resistance の略で、「細菌などの微生物が抗菌薬に対して耐性を獲得し、その薬が効かなくなる現象」のことです。これから数十年にわたり、おそらく人類にとっての大きな脅威(数年前までの新型コロナウイルス感染症がそうであったように)として、感染症、特に抗菌薬が治療の武器である細菌感染症が立ちはだかるでしょう。

そんななかで本日は "ワンヘルスアプローチ" という考えを紹介します。

ワンヘルスとはどういう考え方かとういと、

  1. ヒトの健康(Human health)

  2. 動物の健康(Animal health)

  3. 環境の健全性(Environmental health)

この 3 つが相互につながっており、どれか一つの領域で耐性菌が増えれば、他の領域にも影響が及ぶ、というものです。1. のヒトについては先日のブログで紹介しましたので今回はまず 2. について考えてみましょう。

2. の動物。実は、世界で使われている抗菌薬のかなりの割合が「ヒト」ではなく「動物」に投与されています。なぜか。われわれヒトが動物を食べて生きているからです。要するに畜産業で使われているのです。そこでは以下のような目的で抗菌薬が投与されます。

  1. 治療目的(家畜が感染症にかかったとき)

  2. 予防目的(感染が広がる前にあらかじめ投与。密集環境で飼育されているためストレスにより免疫低下しやすい?)

  3. 術後感染症の予防・治療(去勢や除角(角切り)など、畜産では小手術や外科的処置が日常的に行われているためこういった手技のあとに感染症が起こりやすいため)

この中に入っていない項目があります。それは「成長促進目的の長期・低用量使用」です。低用量の抗菌薬を長期間投与すると、腸内細菌叢が変化して栄養吸収効率が上がり、体重増加が早まることが知られていました。かつては世界的に一般的な手法でしたが、耐性菌拡大の重大な原因とされ、EU、米国ともに現在は原則禁止となっています。日本でも現在は禁止されています。

動物で行っていることをなぜヒトが気にしなければならないか?それは「薬剤耐性は家畜からヒトへ伝播する」からです。こう言うと、「肉はちゃんと熱しているのになぜヒトに伝染るの?」と思われるかもしれませんが、生焼けの肉(レアのほうがうまいよ、とか言って)を食べることもヒトはありますし、馬刺しやユッケなんかもあります。ただ、それだけではありません。

ベトナムでのデータですが、飼育されている豚肉の 37.5% に、ESBL 産生菌というわれわれヒトにとって手強い耐性菌がいる場合、その豚肉を扱っている精肉屋さんの 74%(2 倍!)が ESBL 産生菌を保有していた、という報告(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27942843/)もあります。精肉屋さんはお肉を生で扱いますから当然細菌が伝染ってしまうことが十分ありうるのです。そうした肉を、例えば「しっかり焼いた」と思っていても少しナマの部分があって、それを食べることでわれわれの腸管フローラ(細菌叢)内に耐性菌が棲み着く。そして免疫状態が悪くなったときに出てくる、なんてことが起こり得るということになります。

すなわち、ヒトの世界、すなわち医学の分野でいくら「AMR 防止を!」とか言ってもダメで、獣医学や畜産学、場合によってはひとりひとりの調理法や食べ方などの生活科学の分野まで広く関わる、非常〜に多くのことを考慮にいれるべきテーマである、ということです。なかなか難しい問題ですね。

 

AMR 対策は「ヒトの医療」だけでは解決できません。耐性菌はヒトの体内だけでなく、動物や環境の中でも発生・拡散するからです。そこで提唱されているこの「ワンヘルスアプローチ」。明日は 3. の「環境の健全性」について述べてみたいと思います。

イラストは政府広報オンライン(https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201611/2.html)より

 

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