院長が物心ついてから 2 年だけ一回も風邪を引かなかった年 その 1: 1994 年 4 月〜1995 年 3 月
先日体調を崩した、というブログを書いたところ、何人かの患者さんから「お大事にしてください」と、こちらのお株を奪われるような優しい言葉をいただきました。ありがとうございました。1 日で回復しましたので大丈夫です\(^o^)/
ところで、院長は小学校 3 年くらいから記憶が比較的しっかりと残っているのですが、その「物心ついてから」というもの、風邪を引かずに乗り越えられた年(年度)は 2 回しかありません。
そのひとつがタイトルの年度で、ちょうど院長が高 3 だったとき、すなわち大学受験生時代です。出身校の神奈川県立湘南高校は本当に行事が盛んで毎月球技大会があったり、ものすごく時間をかけて(ほぼ 1 年)9 月の体育祭準備をしたりと、本当に忙しい高校生活でした。さらに当時は現在建っている校舎の建て替えで、なんと高 2 からずっとプレハブ校舎(もともとのグラウンドに建てた)で過ごしていましたので夏はものすごく熱く、冬はものすごく寒いというなかなかに厳しい環境での高校最終学年でした。
しかし、浪人したらほぼ 100% 遊んでしまって現役時代より学力が落ちてしまうだろう、と冷静な自己評価をした院長はまさに「死ぬ気」で勉強しました。院長の高校は公立です。今はわかりませんが、1994 年の公立は高 3 の 12 月までで教科書が全く終わっていない状態(先生からは微分積分や確率統計の終わりの方は「自分で頑張れ」といわれました・・・)。当時からいわゆる首都圏超進学校(開成や桜蔭、筑波大駒場など)の中高一貫生は中学 3 年 + 高校 2 年ですでに高校の履修範囲をすべて終えている(特に数学や物理などの理系科目)と聞いていました。そんな彼らと同じ土俵で勝負するにはラストスパートおよそ 5 ヶ月間。最大限効率を良くして、さらに勉強時間を少しでも多く確保するしかない、と思いました。
その結果、体育祭が終わった 3 年の 9 月 20 日頃から 2 月 25 日の国公立大学二次試験日まで学校の授業を除いて平日は 10 時間、休日は 18 時間は机に向かいました。元旦の 1 日を除いて毎日(元旦だけ 5-6 時間勉強してあとはテレビなど観ました)。効率向上のために「勉強したことをおばあちゃんに話す」という、今振り返ってみると(インプットだけでなくアウトプットをしっかり行うという点で)非常に良い追い込みを行っていたように思います(おばあちゃんが適度に「◯◯ についてもう少しわかりやすく説明して」とか言ってくれてそれを説明できるまで勉強する、というサイクルでした)。
「勉強の効率を落とさないために絶対に風邪を引かないぞ」という強い意志があったおかげか、後期日程の発表があった 1995 年 3 月 23 日(結局国立の前期は落ちてしまいました)まで物心ついてからはじめて風邪を引かない年となりました。意志のちからってすごいですね。結局大学入学式前の 4 月 1 日から 3 日間ほど体調を崩しましたが。
明日は「風邪を引かなかった年その 2」について書いてみようと思います。
写真はセンター試験本番の結果と高校内での順位/偏差値です。国語は現代文でかなり失敗してしまい、数学 A も「ひっかけ問題」に見事ハマり、大好きだった日本史もケアレスミスをしてしまうなど、自己採点後にかなり落ち込んだことを記憶しております。