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本事件のあと論文や講演スライドには必ず利益相反に関する記載が必要にーディオバン事件

[2024.06.18]

ディオバン事件。われわれ臨床医にとっては極めて有名な、一連の "しくじり" 研究です。

これは降圧剤ディオバン(一般名はバルサルタン)に関わる 5 つの臨床研究 論文不正事件をまとめた呼称です。5 つの臨床試験とは、慈恵ハート研究(東京慈恵会医科大学)、京都ハート研究(京都府立医科大 学)、VART 研究(千葉大学)、SMART 研究(滋賀医科大学)、名古屋ハート研究(名古屋大学)で、これらの試験に対するノバルティス社による金銭的支援は総額 11 億 3,000 万円にのぼりました。

そのなかで京都ハート研究はノバルティスの元社員が 2014 年 6 月「論文作成に不正に関与した」ということで薬事法違反疑いで逮捕、裁判となる事態となりました。臨床試験不正により逮捕者が出るというのは極めてまれなことです。 

高血圧の患者数は 3,000 万人(当時の数字です。現在は 4,300 万人!とさらに市場が拡大しています)といわれるほど大きなマーケットです。1999 年に発売されたディオバン はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)とし て 3 番目に登場したノバルティス社の期待の新薬でした。この薬は降圧剤にもかかわらず「悪性腫瘍にも効果があるかも」という基礎データが報告され、腎がんの治療に用いられたりするなど、当時かなりスポットライトを浴びていた薬でした。

京都ハート研究は高血圧の患者について、ディオバン vs.  ARB ではない降圧剤 の対決で心血管系合併症発症のリスクを比較すると いう試験でした。その結果は驚くべき数字で、ディオバン群が他の降圧剤に比べて 45% も心血管合併症を抑制 するというものでした。

こういう結果が出ると薬品会社はこのデータを元にした講演会や総説(エキスパートによる高血圧治療の(今で言う)まとめサイトみたいな論文)をつかって活発な宣伝を行います。結果、ディオバンは年間 1,400 億円という大きな売上を達成するに至ります。

これに異を唱えたのが京都大学の由井先生。2014 年のことでした。Lancet に掲載された慈恵した慈恵ハート研究に対する concern (懸念)レターを皮切 りに、各試験における不正操作疑惑が相次いで浮き彫りになりました。なんとその元社員は臨床データを捏造したり、架空症例を水増ししたりしていたのです。その結果、これらの論文が掲載誌 から撤回となり、メディアでも大きく取り上げられ、さらに海外より「こういったことが行われる日本の臨床研究は信用できない」とする有名な循環器内科学教授によるレター論文が掲載される始末です。

本事件は、当時の日本では臨床研究実施の基盤が整備されていなかったために臨床試験の知識に疎い研究者たちが製薬企業社員に試験の企画から統計解 析まで全面的に依存してしまったことが最大の原因といわれています。研究者たちは研究費取得や論文掲載・名声 を優先し、企業は営利を最優先していました。医療に関わる人間として最も重視すべき患者の利益への配慮が なかったことが倫理的な大きな汚点となったのです。

本事件の反省から特別臨床研究法が制定、企業からの支援を受けた臨床研究は治験と同様にモニタリングと監査の実施が義務付けられることになりました。また、実施計画は倫理審査委員会の承認を経たうえで厚労省へ報告することも義務付けられ、これらに違反した場合には具体的な罰則が科せられることになりました。

現在は薬品会社から利益供与されている医師が検索できるサイト(https://yenfordocs.jp/ 下記)が民間のグループで立ち上がるなど、だいぶ論文作成や臨床研究については透明化がなされてきたように思います。ただし「薬品会社との関係さえ示せばあとはスライドのなかで宣伝を行っても良い」という風潮はまだまだ残っており、われわれ医師はまだディオバン事件における薬品会社からの利益供与から完全に自由になったとはいいがたい状況は続いております。

明日はこれまでに院長が薬品会社から依頼された講演で経験したすこし疑問を感じるようなエピソードをいくつか紹介します。

こういった内容を包み隠さず書いてしまうとおそらく講演の依頼は減ってしまうので少し収入に影響してしまうのですが、そこはまあ気にしないでまっとうな医療を続けていければと思っています。

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