院長が物心ついてから 2 年だけ一回も風邪を引かなかった年 その 2: 2000 年 4 月〜2001 年 3 月⇒ 昨日のつづき
さて、一昨日に引き続き、風邪を引かなかった 1 年を振り返ってみます。2000 年 4 月〜2001 年 3 月。この 1 年間、前半は 5 年次から継続する大学の臨床実習があり、その頃はまだのほほんと過ごし、10 月から毎週行われる卒業試験をクリアするための勉強を夏休み後半からボチボチ始める、という大学受験に比べるとだいぶヌルい受験生生活でした。一年前まで主将として忙しく務めていた剣道部はすでに引退しており、OB として自分のいけるときだけ稽古に行く、気楽な立場でしたので、2000 年 4 〜12 月までは週 3 回、卒業するまでも週 2 回の家庭教師バイトを続けたくらいの余裕がある・・・つもりでした。
・・・しかし 9 月アタマ頃本格的に勉強を始めてみると自分がいかに「覚えていない」ことに気づき、焦ります。「なんとなく覚えている」状態と「問題を解ける」状態がかなり大きかった。ここで一念発起。大学受験時代と同じ、とはいかないまでもそれを彷彿とさせるような追い込みをかけることになります。下のような感じでした。
- それまで朝 9:00 以降に起きていたのを 6:00 起きに。これで朝勉の習慣をつけました。
- 自宅が文京区西片のアパート一人暮らしだったのですが、そこから家庭教師勤務先である葛飾区金町までの千代田線内で暗記。電車内で暗記物をやる、というのはほどよい雑音と体の揺れが逆に集中力向上につながり効率的でした。
- 風呂でも暗記。トイレや部屋の壁に覚えたい内容を貼り付けて暗記。一人暮らしならではですが、生活空間をすべて勉強部屋にしてしまいました。
- 同級生の吉田宗一郎君(現在東京科学大学泌尿器科准教授)の実家に入り浸り、一緒に勉強。本当に彼とその家族の方にはお世話になりました。この 1 年で 3 ヶ月くらい彼の自宅に泊めていただいた記憶があります。
- 図書館の会議室をしょっちゅうグループで貸し切り、吉田君・岡本君(現在東京科学大学小児外科准教授)たち 5-6 名で勉強し、問題を出し合ってお互いを高めました。これはアウトプット的な勉強法として大変よかったです。
- 効率よく勉強するため自分しかわからない語呂合わせを作ってなるべく脳が疲れないような暗記を心がけました。
医師国家試験は 90% 以上が合格します。これは「不合格だとかなり落ち込んでしまう試験」ともいえます。何があるかわからないのが試験ですから、倍率が何倍も高い大学受験とはまた異なるプレッシャーがあり、半年間はかなり真面目に勉強した記憶があります。最終的に確か 12 月に行われた予備校の国家試験模試で 80% 以上取れてだいぶ安心できました。
本番まであまり大きなプライベートでの事件もなく、風邪を引くなどの体調を崩すタイミングも回避し穏やかに勉強する時間を確保できた結果、無事 3 月の試験に合格。医師免許を取得することができました(結局母校から 90 名受験して 85 名合格(合格率 94%)でした: 下表)。
ちなみに御茶ノ水にある東京医科歯科大学の学生はすべて同じ文京区のお茶の水女子大学が試験会場でした。現在、医師国家試験は 2 日間、しかも 2 月に行われますが、院長が受けた 2001 年は試験が 3 日間で 3 月に行われました。この医師国家試験、院長の代ではじめて「禁忌肢問題」というものが採用されました。明日は医師国家試験についてつれづれに書いてみたいと思います。