院長の書評その 4:『高瀬舟』ーユウタナジイを考える
文学者として、また医師として、いずれにおいても頂点まで上り詰めた天才・森鴎外先生が亡くなる 6 年前に発表した『高瀬舟』。院長の高校時代には教科書に載っていましたし、医学部の小論文題材としてもしばしばとりあげられる名作短編です。
昔から本作品についてはテーマが「知足の精神」か「安楽死」のどちから、ということが言われます。小説のテーマなど厳密に考えなくてもよい(2024/2/14 ブログにある安部公房先生の言葉より)とは思いますが、院長は医師なので、この作品に触れると(重苦しいトピックですが)安楽死について考えたくなります。
安楽死の定義は、「人が死を迎えるにあたって、苦痛を緩和し取り除くために、苦痛を訴える末期患 者の求めに応じて、医師その他の他人が注射などの積極的な方法を用いて、患者を死に至らしめ ること」とされます。その是非については、ここで述べるほど法律に詳しくないので省きますが、よくマスコミなどの議論で気になるのが「尊厳死」と混同されていることです。
尊厳死とは「患者が自らの意思で,延命処置を行うだけの医療をあえて受けずに死を迎えること」です。別の言葉でいうと医療従事者、主に医師が患者さんの尊厳を最大限に尊重し、それぞれの患者さんについてその状態を十分に把握・評価してただただ命を長らえる処置(主に人工呼吸器や心臓マッサージなどを指します)を回避して安らかに人生を終える選択を与えること」です。
日本では、尊厳死は社会的に認知され、医療現場で実際に行われていますが、安楽死を認める社会にはなっておらず、そのような法律もありません。医師が実際に行ってしまうと殺人罪、もしくは殺人幇助として刑事罰を受ける可能性があります。『ブラック・ジャック』に出てくるドクター・キリコはすぐに逮捕されてしまうでしょうね。
安楽死が最も行われているのが、かつて江戸時代に日本が唯一付き合っていたヨーロッパ国であるオランダで、2002 年に「安楽死」を条件付きで認める法律を施行しました。 最近の調査ではオランダで亡くなる人の 3% 程度が安楽死しているといわれています。
なぜオランダでは安楽死が受け入れられているのでしょうか。ひとつの考察として、オランダは歴史的に様々なバックグラウンドを有するひとが入ってきた国であり、同性婚なども認められているように、他人の意見を尊重する傾向が強く、自分と反対の意見を持っている他人に対しても寛容なのかもしれません。
ただ、このような国民性を持っているオランダ人においてすら、安楽死に関する法律の制定に 30 年以上かかっているので、われわれ日本人が安楽死を国家として受け入れるにはもう少し時間がかかるような気がします。
院長が持っている、高校のとき購入した新潮文庫版です。奥付に「平成 6 年 5 月 15 日 57 刷」と記載されています。不朽の名作ですが意外と刷数が少なかったです。もちろん 30 年近く前なので今はもうだいぶ進んでいるとは思いますが。