耳の痛いおはなしその 1 ・・・ 降圧において減塩はやっぱり必要だと思います
一般向けの雑誌やブログを読んでいると、ときどき「高血圧に対して減塩は無意味である」という主旨の内容が目に付きます。
当院は、血圧が高い患者さんに減塩を推奨している施設ですので、上記のような雑誌を片手に「減塩しなくていいでしょう?」と強く信じている患者さんにはしっかりと説明したいと思っております。しかしながら、どうしても外来診療の時間というのは限られておりますのでここでごく簡単に高血圧における減塩推奨の根拠を書いておこうと思います。
・高血圧の患者さんに降圧剤のみ処方しても十分な降圧は得られず、減塩を組み合わせることで降圧剤が本来持っている血圧低下効果が得られるとする比較的多くの後ろ向きデータがある。なので、減塩は降圧にメリットがあると考えるのが自然(特に降圧剤が必要な方こそ!)。
・「アジア人が減塩しても血圧が下がるとはいえない」と主張する方は 2020 年のコクラン・レビュー(健康に関して質の高い情報を提供する英国に本部をおく非営利団体(英語ですが・・・https://www.youtube.com/watch?v=MbiIg526USQ をみてみましょう)、Graudal NA, et al:Cochrane Database Syst Rev. 2020;12(12):CD004022. に上記の主張を助けるような記述があります)を根拠にしていることが多いようです。しかしながら、このレビューが引用している論文のなかでも減塩により収縮期血圧が 7 mmHg ほど有意に低下していることが示されています。例えば上の血圧が 140 の患者さんなら単純計算で 133 になるわけですから決して無視できない下げ幅と思います。コクラン・レビューには「腎がんにおいては腎温存手術をしても腎機能の観点からあまり意味がない」という記載もあったりもします。権威あるレビューですが一部で専門家からみると「うん?」と思うようなところもあるので鵜呑みにはせず、解釈を誤らないよう注意が必要です。
・「減塩は意味がない」と主張する方のなかには「減塩に関する大規模な無作為化試験(RCT)がない」という方がいます。これは「食生活のようなバリエーションがあまりにも大きい行動を対象にそういった試験を組むことがあまりにも困難」であるためであり、批判とはいえないと思います。
・「日本人は塩分をたくさんとっているが世界に名だたる長寿国であり、減塩は不要」と主張する方がいます。ただこれは暴論と思います。公衆衛生史を紐解けばわかることですが、そもそも日本人の塩分摂取量は年々減少しており、そのおかげで寿命がのびてきたという要因があることをすっかり見過ごしているからです(下の図)。例えば塩分を 1 日 15 g も摂取していた 1965 年、日本の平均寿命は 70.85 歳で 19 位(1 位 スウェーデン、2 位 ノルウェー、3 位 オランダ、4 位 アイスランド、5 位 デンマークと欧州が長寿国でした)と、決して「すごい長生き国」ではなかったのです。ちなみに初めて世界 1 位になったのは、自分が調べた限り、1982 年のようですが、このときは塩分摂取量が 1 日 12 g 台まで減っています。
・・・ただ、日本は現在減ってきたとはいえ 1 日 10 g 前後の塩分を摂取しており、世界平均 より多いのに長寿国である、というのは減塩を推奨する立場からすると矛盾する所見です。塩分だけでなく、遺伝子多型や環境要因、ストレスや医療制度など極めて多岐にわたる要因が複雑にからみあって寿命というのは決まっていくものですので「減塩することで”絶対に”寿命が長くなる」とは言えないのも事実です。
医学は確率の学問ですから当院としては引き続き「確率の高い」血圧管理方法を採用し、「耳が痛い」と思いますが、診察時や栄養指導で減塩を推奨して参りますことを患者さんにはご理解いただければ幸いです。
注: グラフは 社会実情データ図録 のサイト(https://honkawa2.sakura.ne.jp/index.html)を使用させていただきました。ありがとうございます。この手のデータはいろいろなソースがあるのですが、個人的にはこのサイトを制作されている 本川 裕 さんの図が非常に整理されていて参照しやすいと思います。