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院長の書評その 8: 帚木蓬生先生『閉鎖病棟』ー 医師であっても身体科診療担当者には新鮮なストーリーの数々

[2024.02.22]

「身体科」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これはヒトの心を診療対象とする「精神科」に対して、それ以外の診療科、すなわちヒトの「からだ」を対象とする診療科のことです。すなわち基本的に精神科・心療内科以外のすべての診療科(病理や法医学などの基礎医学は除かれますが)を指す用語です。

うつ病をはじめとする精神疾患はしばしば身体の不調を訴えますので、われわれ開業医は精神疾患としてのゲートキーパー的役割を担うことがあります。しかしながら、学生実習で精神科の研修を受けたり、(院長の頃はなかったですが)研修医の初期研修とよばれる医師免許取得直後の臨床勤務中に精神科に 1 ヶ月程度籍をおくような機会を除いて、身体科の医師が精神科病棟に足をいれることはあまりありません。

ですので本作品は医師である院長からも非常に新鮮で、自分の知らない医療の世界について学ぶことができ、面白かったです。

特筆すべきは、本作品の全体に流れるテーマ、「世間が抱く精神疾患への理不尽な偏見」です。精神疾患の患者さんが家族からも排除されて社会における居場所を奪われる様子は(ちょうど 30 年前の 1994 年に発表された作品ですが)現在にも通じており、彼らにとって非常に厳しい状況はかつてと今とで大きく改善されていないのではないかと思ってしまいます。

作品のなかで『ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。』という一文がありますが、これはわれわれ医療者のみならず、精神疾患について十分な知識を持っているとはいえないマスコミや一般の方に対しても向けられた弾劾のような表現と思います。

あえて「一般の方」と付け足したのは、8 年前の 2016 年 7 月 26 日、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者 19 名を殺害し、26 名に重軽傷を負わせるという衝撃的な事件が起こったからです。施設の元従業員である犯人は犯行動機について、「意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべきだ」「重度・重複障害者を養うには莫大なお金と時間が奪われる」などのあまりに自分勝手な説を展開しました。

生命とは、尊厳とは、病気とは、そして特に「こころの病気」「知的障害」とはー。われわれ医療従事者はもちろん、すべての日本人がこれらのことを少しでも考え、議論することが社会のために必須だと考えます。

・・・今回は重苦しいテーマになってしまいましたが、エンディングは前向きな終わり方になっており、希望がもてる作品です。是非手にとって見てください(^^)

ちなみに 2019 年に笑福亭鶴瓶さん主演で映画化されたものを楽しみに観ましたが・・・あまりにも自分が知っている「閉鎖病棟」とかけ離れすぎている気がして(だいぶ自由な病棟がそこには描かれていました)、残念ながらあまり楽しめませんでした。2001 年にも映画化されているようですので機会があったら観てみようと思います。

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