院長の書評その 9: 久坂部羊先生『破裂』ー 社会の高齢化に対して処方箋は必要なのか
WHO の定義(65 歳以上の人口が 21% を超える)によると日本は超高齢社会であり、その高齢化率は世界一と言われています。このような社会の風潮が、「人間らしく生きることよりも、人間らしく死ぬためにはどうすればよいか、を切り口にする」作品を生み出す後押しをしてきたように思います。
最近では映画『PLAN 75』(https://happinet-phantom.com/plan75/)。75 歳になった時点で自ら死を選ぶ権利を認め、助長・推進していくー。時代にマッチしたストーリーで、(院長には『男はつらいよ』のさくら役や『ハウルの動く城』のソフィー役のイメージだった)倍賞千恵子さんの存在感と演技が素晴らしかったです。ただ、藤子・F・不二雄先生の SF 短編集にある『定年退食』のほうが(学生時代に読んで記憶に深く刻まれているせいか)考えさせられる「深さ」はよりディープだったかもしれません。
このようなテーマは今に始まったことではなく、2004 年には現役医師である久坂部羊先生が『破裂』を上梓し、話題になりました。当時勤務していた東京上池袋・癌研究会付属病院の泌尿器科部長で院長の手術師匠である福井巌先生から本作品を薦められ、一気読みしたのを覚えています(そのため残念ながら本作品は本が手元にありません・・・)。「高齢者がぽっくり逝くことが日本社会にとって益」と考える役人や研究者が出てきて国家プロジェクトとして「ピンピンコロリ」を進めていくような描写がでてきます。こういった方針に一定の理解ができる方がおられると思いますが、作中に「医者はミスして成長する」「一度くらいの失敗で怯んでいては大成しない」など、患者さんの医療不信を煽るようなセリフがバンバン出てくるので、そういったところもふくめてフィクションとして読んでもらいたい作品です。
高齢社会の進行、これは本当にわれわれの社会にとって「悪」なのでしょうか。個人的には高齢化は進行していますがいわゆる「元気」な高齢者もずいぶんと増えている印象をもっています。もちろん院長はあくまで医療の担い手であり、在宅や介護の現場にいる方々から同じ意見は伺えないと思いますので何らかのデータを根拠にする必要がありますが(国や厚生労働省が 65 歳の身体状況によるビッグデータを出してくれるとありがたいです)。人口減少社会で社会の高齢化は避けられない以上、ある程度「知足安分(知足は「分をわきまえて欲をかかないこと」 「安分」は「自分の境遇・身分に満足すること」)」で日々を過ごす気持ちがあれば、金銭的にリッチかどうかはわかりませんが、心豊かに過ごすことは決して難しくないのではないかと愚考しています。・・・税金の分配や使途の効率化さえキッチリ行えば!のハナシですが。
政治家の方々、自らの票田ばかり気にするのではなく、どうか衷心からこの国のあり方を思って活動されんことを期待します。
『定年退食』は NHK プレミアムで加藤茶さん主演で実写化されました(https://www.nhk.jp/p/fujiko-sf/ts/N93R8JJ329/blog/bl/p61gnglmlG/bp/pD70M1OeGb/)。なんと 50 年前(!)にこの作品を発表した藤子・F・不二雄先生をあらためて尊敬します。