尿中に糖を排泄するくすりと安易なダイエットに注意喚起する回
糖尿病は血中の糖分が過剰になる疾患です。これを治療するには
- 血糖値を下げるホルモン(=インスリン)を増やしたり強くしたりする
- 体内組織がインスリンに反応しやすくする
- 消化管で糖分が吸収するのをおだやかにする
などの機序に基づく薬が使われていますが、今回は「余った糖を尿中に出して血糖値を下げる」というはたらきをもつ薬、SGLT2 阻害薬を紹介します。
もともと人体にとって大切な栄養素である血液中の糖分は、健常者で尿中に捨てられることはまずありません。しかし糖尿病による血糖値が高くなると血液中の過剰なブドウ糖が尿中に排泄されるようになり、これは「尿糖」と呼ばれます。このとき、血中にある物質を「これは必要(だから血液中にとっておく)、これは不要(なので尿中に捨てる)」とふりわけている臓器が腎臓です。
われわれが 1 日に排泄する尿は成人男性で 1.5 ㍑ 前後(運動や飲水で大きく変動しますので、あくまで平均値)ですが、この尿をつくるための原料は "原尿" と呼ばれ、その量は 150 ㍑、すなわち実際の尿量の 100 倍もの原尿が作られています。
この原尿、そのうち 1% しか排泄しませんので 99% は再吸収されるということになります。この再吸収を担っている場所が腎臓のなかの「尿細管」という場所です。この尿細管に SGLT2 (sodium glucose co-transporter ナトリウム・グルコース共役輸送体)というタンパク質(特に覚えなくてよいです)があり、SGLT2 が糖尿病患者さんでは増加していることがわかっています。SGLT2 はブドウ糖を栄養分として細胞内に取り込む役割を担っていますので、
- 糖尿病患者さん ⇒ SGLT2 増加 ⇒ ブドウ糖吸収が(減ってほしいのに)増える ⇒ SGLT2 をブロックしたほうがよい ⇒ SGLT2 "阻害"薬 が有効
という流れになります。
SGLT2 阻害薬は 1 日に 60-100 g の糖、240-400 kcal が捨てられる計算になりますのでかなりのカロリーオフになります。糖を排泄するときに尿量は増えるので、体重減少も期待できます。さらにこの薬は過剰な糖排泄は起こさないようになっていますので、低血糖を来す可能性は低いです。
ただ、SGLT2阻害薬の服用に際してはいくつか注意点があります。いずれも院長が専門とする腎泌尿器系に関わるものです。
- 糖を多く含んだ尿が排泄されるので糖質を栄養分として細菌が増加することがあり、陰部・性器の感染症が起こりやすくなることが知られています。
- 尿量が増えるので、特に夏場の暑い時期は脱水にならないよう十分な水分摂取を心がけることが必要です。このとき清涼飲料水を飲んでしまうと、余分な糖を出した効果が減弱してしまうので、水かカフェインフリーのお茶(ルイボスティーとか麦茶など)での水分補給をおすすめしています。
- いわゆる "シックデイ" と呼ばれるような、「食事が摂れないほど体調が悪いとき」は、「ケトアシドーシス」と呼ばれる重篤になりうる合併症リスクが上昇します。SGLT2 阻害薬によるものでない場合、ケトアシドーシスは異常な高血糖値になることが多いのですが、本剤によるものは血糖値が正常であることが多く、院長ふくめて当院スタッフは SGLT2 阻害薬内服中患者さんの体調不良時には血糖値だけでなく尿中/血中ケトンに注意するようにしています。
最後に、SGLT2 阻害薬のもつ糖の排泄・尿量増加によるダイエット効果を期待して、一部の自由診療のクリニックなどで(特にオンラインで)糖尿病でない健常な若年者に自費で処方されているケースがあります。個人的にはこのことは非常に大きな問題だと思っています。そういった方が SGLT2 阻害薬の副作用による健康被害が起こった場合(実際に診療したことがあります)、本来なら処方した医師が管理し、その副作用についても自費診療としなければなりません。しかし実際にはオンラインではなくリアルで受診した医療機関で保険を用いて治療されている実態があります。処方医が副作用までしっかりと管理できてこそ、安全なオンライン診療だと思うのですが、こういった「処方してお金儲けするだけ、あとは知りません」的な処方に対してはペナルティが課されるべきでしょう。
クスリは逆からよむと「リスク」です。きちんと使わないとこわいものですので安易なダイエットで大きな合併症に繋がらないよう注意してほしいです。当院に来られる患者さんは是非なにかわからないことがあったら受診されてください。可能な限り対応し、30 分以上時間を取る必要がある場合は火曜日午後のセカンド・オピニオンでじっくりお話します。