最近あまり都会に行く機会がないのですが、渋谷の Tokyo Comedy Bar には是非行ってみたいです。
[2026.07.21]
スタンダップコメディ、面白いですね。日本で活躍されている方のなかではユリエ・コリンズさんと宰務翔太さんのファンです。いつも動画で観ているだけですが、近いうちに是非会場に足を運びたいと思っています。海外ではアイリッシュの Jimmy Carr さん、すごいですね。面白いハナシのなかでポロリと素晴らしい一言をまぶして聴衆を虜にしてしまいます。そんな彼のコメディのなかで心に残ったコトバ, "Prioritise later." を紹介します。
医師は日々の診療において、単に疾患を診るだけでなく、患者さんの「生き方」そのものと向き合う必要があります。慈恵大学の創始者、高木兼寛先生の有名な言葉にも「病気を診ずして 病人を診よ」がありますが、まさにそれです。めまぐるしく変化する現代社会において、われわれは常に「今すぐ」の結果や結論を求められることが多い。しかし、そんななかで Jimmy Carr さんのスタンダップコメディ動画で、ある深遠なフレーズに出会いました。それが "Prioritize later." です。和訳すると「後回しするのを優先せよ」となるでしょうか。
日本語の「後回し」という響きには、どこか怠惰や先延ばし、責任逃れといったネガティブなニュアンスが付きまといます。しかし、この言葉の真意は「将来の自分にとって最も価値のある果実を手にするために、あえて "今" を後回しにする」、すなわち「未来を最優先事項として現在を規定する」という、人生における規律(discipline)を指し示しています。このなかで Carr さんは "God is the future." とも述べます。信仰もまた現世の具体的な利益よりも、ヒトがより高次の存在、あるいは理想の自分へと到達するための手段して語られますが、まさにそれこそが "Prioritise later" の精神でしょう。
現代医療の文脈において、この精神の実践とは数々の節制や自己統制などにつながり、未来のより良い生活や健康な肉体を得るために、嗜好品(タバコやアルコールなどでしょうか)への安易な傾倒や目先の快楽を避ける "取引" に通じます。これはまさに医療における予防につながり、特に院長が日々行っているような生活習慣病に関する診療とは本来、単に薬を処方する以上に、この「正しく犠牲を払う技術」を共に磨く場であるべきだと考えられます。
この "Prioritize later" という概念はまた、古今東西の膨大な自己啓発書や成功哲学を、わずか二単語に凝縮した究極の心理学的真理ともいえます。たとえば世に溢れる健康法や成功法則の根底には、例外なく「未来の自分を優先できるか」という問いが見え隠れしています。これが容易でないのは、人間の脳が生物学的に「今この瞬間の生存と快楽を優先するように設計されている」ことが影響しています。この本能的な欲求と、理性的な未来への投資との間に生じる摩擦こそが、現代人が日々感じるストレスの正体かもしれません。「未来を優先する」とは、この生物学的な重力に抗う意志の力に他なりません。
さらに現代人が「働く」ということの本質も、この文脈で再定義されるでしょう。労働とは、今この瞬間の自由や休息という資源を一時的に「犠牲」にし、その対価として社会的な価値や、より豊かな未来の基盤を築く行為です。今の自分を未来に投資するプロセスそのものが仕事であり、その犠牲の質が、手にする未来を決定づける、と述べるとちょっとうがった見方すぎるでしょうか。。
ただ、こういうハナシをすると、「どうせ自分は・・・」と理想の自分になれない現状を嘆き、「自己否定のループ」に陥っていしまうことも多いもの。しかし "Prioritise later" というフレーズを知っているだけで、初めて他人の評価ではない「自分軸」が形成されるように思います。このフレーズを踏まえて「敢えて」やっていることであれば後悔はないと思うので。
結局 "Prioritise later" を実践する(までいかなくても、少なくともその概念を知っている)ことは、自分を大切に扱う(Self-care)ことと同義です。現在の安易な欲求に従うことと自分の理想というか、「あるべき姿」に思いを馳せること、さらに未来のために今を律することは、言うまでもなく最高の "Self-care" です。院長は患者さんがこの高いセルフイメージを持てるよう、これからもサポートしてまいります。そして自分自身についてもしっかりと "Prioritise later" して日々また運動や学習を継続したいと思っております。
・・・言うは易く行うは難し、ですが。
