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子どもが少なくなっても記録は塗り替えられ、さらにすごいひとはたくさん出てくるので未来は明るい、と考えてよいハズ。

[2026.07.16]

現在、夏の甲子園を目指して、全国各地で高校球児たちが熱戦を繰り広げています。すごい暑い中。熱中症にはどうかご注意ください。高校野球は「負ければそこで終わり」のトーナメント。プロ野球のように「今日は負けたけど、明日取り返そっ♪」みたいな切り替えはできません。どれほど強いチームでも、エースの調子が悪かったり、打球が野手の正面を突いたり、たまたまいつもチームの管理を行っているマネージャーが不在とかで上手くいかなかったりすれば、その夏は終わります。人生には多くの場合、敗者復活戦というか、セカンドチャンス・サーとチャンスがありますが、高校球児の夏にはありません。

院長の母校である湘南高校も、残念ながら今年は緒戦で敗れてしまいました。選手たちはどれほどか悔しかったでしょう。どうか今後の人生に今回の経験を活かしてもらいたいと思います。

ただ、高校野球やその他の学生スポーツを観ていると、ふと不思議に思うことがあります。

日本では子どもの数が減っています。野球人口も、以前ほど多くはありません。競技人口が減れば、普通に考えれば選手層が薄くなり、日本のスポーツは弱くなってもおかしくありません。ところが現実には、大谷翔平選手をはじめとして、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、スケート、卓球など、さまざまな競技で世界のトップレベルに到達する若い日本人選手が次々に現れています。

分母は小さくなっているのに、その頂点は高くなっている。これはなぜなのでしょうか。

一つ目の理由は、トレーニングが科学的になったことだと思います。かつての運動部には、「水を飲むな」「苦しくなってからが本当の練習だ」「とにかく走れ」「(腰とか膝にムダな負担をかけることが多い)ウサギ跳びをしろ」といった、現在では医学的にかなり疑問のある指導も存在しました。根性は大切ですが、根性だけで速い球が投げられるわけではありません。腹筋を千回しても、必ずしもホームランが打てるようになるわけでもありません。むしろ翌朝、起き上がれなくなる可能性があります。現在では、筋力、柔軟性、栄養、睡眠、疲労回復、動作解析、障害予防などを総合的に考え、より効率的に競技力を高める方法が研究されています。子どもの数が減り、競技人口も減っているからこそ、指導者側も「せっかく来てくれた選手を、理不尽な練習で壊してはいけない」と考えるようになった面があるでしょう。限られた人材を大切に育てる必要があるため、経験と勘だけでなく、科学的根拠に基づいた育成が求められるようになりました。少人数だから弱くなるのではなく、少人数だからこそ、一人ひとりに合った指導がなされる。医療でいうところの「個別化」のスポーツ版かもしれません。

二つ目は、部活動という仕組みです。日本の部活動は、世界的に見るとかなり独特なシステムだといわれます。学校の先生が放課後や休日まで指導し、生徒たちが毎日のように練習し、同じ目標に向かって集団生活を送ります。しかも、運動部だけ、というわけではなく文化部もいれれば高校に通う多くの学生が何らかの「日々の勉強とは異なる活動を行う」のを自然のこととして受け入れています。教員の負担や一方でセクハラや体罰など "過剰" な指導に関するニュースがあるなど、改善すべき問題はないとはいえませんが、部活動には、若い時期に自分の「立ち位置」を知る機会になる、という側面もあります。足が速いのか遅いのか。球を遠くへ投げられるのか。プレッシャーに強いのか。チームを引っ張るタイプなのか。黙々と準備するタイプなのか。試合に出られるのか。ベンチに入れるのか。背番号をもらえるのか。その評価は、ときに冷酷です。「本人は頑張っているのだから、全員をレギュラーにしましょう」というわけにはいきません。4 番打者もエースも、基本的にはひとりです。そこでそれぞれの選手が「自分がまわりから求められること」と「自分が得意なこと」との交点をみつけようと努力したり、ときには自己犠牲的な行動でチームに貢献することで、社会に出たあとに役立つ「自分はこういう人間」という自尊心みたいな "芯" をつくることができます。部活動は、良くも悪くも、小さな社会といってよいかもしれません。

三つ目は、インターネットの存在でしょうか。以前であれば、一流選手の技術を学ぶには、テレビ中継を見るか、専門誌を買うか、運よく優れた指導者に出会うしかありませんでした。しかし現在は、世界最高峰の選手の投球フォーム、打撃、トレーニング、食事、考え方まで、スマートフォンで簡単に見ることができます。中学生がメジャーリーガーのスイングをスロー再生し、高校生が海外のトレーニング動画を見ながら練習する。地方に住んでいても、世界の基準を知ることができます。あのイチロー選手が実際に高校生に野球を教えている動画なども YouTube 等のおかげですぐに学ぶことができます。「県大会で勝てれば十分」という目標だけでなく、「世界ではこのレベルの選手が同じ年齢でプレーしている」という現実も見えてしまいます。これは厳しいことでもありますが、夢の範囲を広げることでもあります。

この三つ目に関しては、今後同じことが医療の世界でも起こるのではないかと思っています。これまで日本の医師は、基本的には日本国内で働くことを前提としてきました。日本の医学部を卒業し、日本の医師国家試験に合格し、日本の病院や診療所で勤務する。ごく自然な進路で、われわれの時代はこういったキャリアの医師がほとんどでした。しかし最近は海外の医療現場、研究環境、医師の働き方、報酬、社会的評価などを、若い世代は簡単に知ることができます。これにインターネットや、それに連なる SNS が果たしている役割は小さくはないと思われます。世界の医療水準を知り、自分の英語力や臨床能力を客観的に評価し、「日本だけを職場と考える必要はないのではないか」と考える医学生や若手医師が増えても不思議ではありません。

特に、日本で医師として働くことに、十分な将来性や夢を感じられなくなれば、海外志向はさらに強まるでしょう。

長時間労働、当直、訴訟リスク、増え続ける事務作業、患者さんから求められる高いサービス水準。その一方で、診療報酬は国によって決められ、医師の収入や裁量にはさまざまな制約があります。野球選手がメジャーリーグを目指すように、若い医師がまず海外の病院や研究機関を目指す時代が来るかもしれません。

ただし、医師業は、プロスポーツとはだいぶ違います。プロスポーツの世界では、年俸は選手の評価を示す非常に分かりやすい指標です。ホームランを打ち、勝利に貢献すれば、報酬が上がります。一方、医療では、収入が高い医師が必ずしも最も良い医師とは限らないように思います、というか「数値」だけで医師を評価すること自体がそぐわない業種といっていいでしょう。

時間をかけて患者さんの不安を聞くこと。治療を急がず、あえて経過を見ること。不要な薬を出さないこと。検査を増やすより、「今は検査をしなくても大丈夫です」と説明すること。これらは医療として価値がありますが、必ずしも売上には直結しません。むしろ医療では、病気をたくさん見つけ、検査や治療をたくさん行ったほうが、数字上は評価されやすいことすらあります。ここが医療の難しいところです。金銭だけを目的にすると、どこかで医師という仕事の本質から外れてしまうのです。

日本は資本主義の国ですが、医療に関しては「社会的共通資本」として、道路や水道などのインフラと共通する産業です。そこには、従事している人間を年収ランキングでは測れない価値があります。公立の教師などもそうですが、やはり一定の敬意を感じ、気持ちよく自分の仕事に集中できるような環境(収入・社会的地位・日々の業務と休日などのバランスなどを含む)を提供するほうが社会として「うまくいく」ような気がします。

これからの若い医師には、世界を見てほしいと思います。日本の常識を絶対だと思わず、海外で学び、働き、自分の能力を試してほしい。日本より良い環境があるなら、そこへ進む選択肢があってよいでしょう。同時に、「どこで働けば最も稼げるか」だけではなく、「どこで、誰に、どのような医療を届けたいか」という視点も少しだけキャリア選択の中にいれてくれればと思います。

甲子園を目指す球児たちは、勝利を目指して全力で練習します。しかし、彼らが高校野球から得るものは、勝利だけではありません。自分の限界を知ること。仲間と役割を分担すること。負けた後に立ち上がること。そして、自分が何者であるかを少しずつ理解すること。

医師の世界も同じかもしれません。世界に挑戦することは大切です。高い評価や報酬を求めることも悪くありません。しかし最後に残るのは、自分がどのような医師でありたいか、という問いだと思います。

・・・高校野球からだいぶハナシがそれましたが、とりあえずは彼らのうち何人かがいつか阪神タイガースに入団して活躍してくれることを秦野から祈っています。

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