社会における再生産と医師業界における再生産を無理矢理比較してみる。
作家の石田衣良さん。『池袋ウエストゲートパーク』や『4 TEEN』など、研ぎ澄まされたというか、鋭い感覚の作品が多い作家さんです。その石田さんがパーソナリティを務めるポッドキャスト「大人の放課後ラジオ」で「どんな世界が "良い" 世界か」みたいな話題について、こんなことをおっしゃっていました。
「若い世代が "再生産" したいと思っているかどうかでしょう」
「この世の中に子どもをつくって残そう、と思えるかどうかが今の社会をわれわれが "良い世界" と思っているかどうかの判断のひとつ」
「その意味では出生率が軒並み低い東アジア(合計特殊出生率は、人口維持に必要な数字が 2.07-2.08 として、韓国が 0.7-0.8、中国が 0.9-1.0、日本が 1.14-1.15)はある意味で "終わっている"。なぜなら若い人たちが再生産したくない、"この世の中に子どもを送り出したくない" って思っている証拠のひとつだから」。
現在世界にはおよそ 200 の国家があり、合計特殊出生率が 2.07 を超えているのは 96 カ国です。ということは数字だけ見れば "世の中の半分は若者が "再生産" したくない世界観」となってしまいますが、そんなことを言うと現在かつての日本のように著しい経済発展しているインド(1.975)とブラジル(1.619)も決して高い数値ではないですし、さらには(一応)世界一の経済大国の米国も 1.617 と、この数値だけでモノを言うのはなかなか難しいところがあります。ただし、鋭い視点だとは思います。
経済発展に伴って出生率が下がること自体は、珍しい現象ではありません。乳幼児死亡率が低下し、女性の教育機会が広がり、避妊手段が普及し、結婚や出産以外にも人生の選択肢が増える。都市化によって住宅費や教育費が上がり、一人の子どもにかける時間と費用も増える。こうしたさまざまな要因が重なり、出生数は減少します。OECD 諸国の平均合計特殊出生率も、1960 年の 3.3 から 2022 年には 1.5 まで低下しました。これは単純な「社会への絶望」だけでは説明できず、女性の社会進出、家族観の変化、晩婚化、住宅事情、雇用の不安定化などが複雑に絡み合った結果でしょう。したがって、繰り返しになりますが、出生率の低さだけを見て、「最近の若者は未来を悲観している」「子どもを欲しがらなくなった」と決めつけるのは乱暴です。
むしろ重要なのは、子どもを欲しくない人が増えたこと以上に、「子どもを欲しい人が希望どおりに持てなくなっていること」なのかもしれません。国連人口基金(UNFPA)が2025 年に 14 カ国で実施した調査では、生殖年齢にある成人の約 2 割が、「自分が望む人数の子どもを持てないだろう」と回答しました。39% は経済的な制約が希望する家族形成に影響すると答え、約 5 人に 1 人は、気候変動・環境悪化・戦争・感染症など「未来への恐怖」によって、希望するより少ない数の子どもしか持たない、あるいは持てないと答えています。
海外の若い世代からは、「子どもは欲しいが、自分の街では家を買うことも、手頃な家賃の住宅を借りることもできない」「雇用が不安定で、保育や教育にかかる費用も高く、二人目を考えられない」「戦争や環境悪化が続く世界に、子どもを送り出すことが怖い」、といった声が上がっています。
さらに米国デロイトで今年、44 カ国の Z 世代とミレニアル世代約 22,500 人を対象に実施した調査では、Z 世代の 55%、ミレニアル世代の 52%が、経済的事情によって結婚、出産、住宅取得、進学などの人生上の大きな決断を先延ばしにしていると答えました。これは「子どもが嫌い」「家族はいらない」という話ではありません。本当は子どもを持ちたい。しかし、住宅費、教育費、雇用、長時間労働、将来への不安を考えると、踏み切れない。つまり出生率の低下は、若者が人生を投げ出した結果というよりも、人生を真剣に考えた結果である場合も多いのです。
ここで、昨日の「医師は自分の子どもも医師にしたいのか」という話に戻ります。親が自分の職業を子どもに “再生産”させたいと思うことと、社会が次の世代を人口として “再生産” することは同じではありません。しかし共通しているのは、上の世代の都合によって、若い世代の人生を決めてはいけないという点です。
「医師不足だから、医師の子どもは医師になりなさい」とか、「人口が減るから、若い人は結婚して子どもを産みなさい」。そう命令したところで、良い社会になるはずがありません。大切なのは、「医師になっても、別の職業に就いても、自分の選択として生きていける」と思える社会をつくることです。同じように、「子どもを持っても、持たなくても尊重される。しかし持ちたいと思った人が、経済的・社会的理由によって諦めなくてすむ社会を皆でつくり上げること」なのでしょう。
出生率は、社会の幸福度をそのまま示す万能の数字ではありません。高い出生率の国が必ず幸福とは限りませんし、低い出生率の国がすべて絶望に覆われているわけでもありません。それでも石田衣良さんの言葉には、無視できない問いが含まれています。若い人が、この社会で生き続けたいと思えるか。自分だけでなく、大切な誰かと暮らしたいと思えるか。そして、この世界を次の世代に手渡してもよいと思えるか。良い世界とは、出生率が機械的に 2.1 を超えている世界ではありません。
「子どもを産むのが義務だから」ではなく、「大変なこともあるけれど、この世界には生きる価値がある」と、若い人が思える世界。自分の子どもたちが医師になるかどうかは、本人たちが決めればよいと思っています。ただ、いつか子どもたちが人生を振り返ったとき、「この世界に生まれてきて、まあ悪くなかった」と思ってくれたら、親としては十分です。そして可能であれば、「この世界を、もう少し先の世代にも受け継いでもらいたい」と思ってくれる社会であってほしい。
・・・と同時に、素晴らしい職業である医療職、とくに医師業を、われわれ医師たちが「是非自分たちの子どもにもこの素晴らしさを味わってほしい」と素直に思える医療業界であってくれたらこんなに嬉しいことはない、と思いながら日々診療している院長でした。
