日本発のものすごく身近な医療機器。
COVID-19 パンデミックが始まった頃、ものすごく有名になり、一般の方も含めてバカ売れした医療検査機器があります。それがパルスオキシメーター。主に指先を検査部位としてそこに光を当て、採血もせずに経皮的(皮膚を通じて)に動脈血の酸素飽和度(SpO2)を測定するための医療機器です。俗に "サチュレーションモニター" と言ったりします。これは赤血球に含まれる赤いタンパク質、ヘモグロビンが酸素と結合すると赤くなる、という性質を利用し、血液の赤色度から測定している、大変簡便ですぐれた機器です。現在医療機関の手術室・救急処置室・病棟・外来・リハビリテーションから当院の様なクリニック、さらに在宅医療の現場や、冒頭で記載したように一般のご家庭まで、パルスオキシメータはさまざまなところで使用されています。
そんなパルスオキシメーター、実は日本人が発明したということは意外と(医療従事者の間でも)知られていません。発明者の名前は 青柳卓雄 博士。博士は新潟県に生まれ、県立長岡高校(連合艦隊司令長官・山本五十六(有名な "やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ" という格言を残した昭和の名将)や半藤一利、ジャーナリストの櫻井よしこ、漫画家の和月伸宏など、なんとなく硬派な有名人を多く輩出している高校)を卒業したのち新潟大学工学部を卒業します。
その後島津製作所を経て、(院長が調べた限りだと)ベッドサイドモニターで日本最大のシェアを誇る日本光電に入社します。博士の信念として、「治療の自動化という理想に近づくためには、無侵襲(患者に痛みなどの負担を強いないこと)連続測定の開発が必要」があり、それにむけてパルスオキシメーターの原理を発見します。博士は心臓から送り出される動脈血を測定する機器の改良をする中で、心臓の拍動(パルス)を利用することで動脈血の酸素飽和度を測定できることを示したのです。
しかし、いくら正しくても革新的すぎる研究は学会で最初は軽視されてしまうことは世の常。開発後に学会で発表すると、その新しさゆえか、「まあ面白そうな研究だね」みたいなコメントだけであまり注目されなかったようです。しかも博士はパルスオキシメーターの原理を英語で発表しておらず、もしかすると「世界初のパルスオキシメーター開発者は日本人」という事実は闇に葬り去られる危険もありました。ただ、博士の業績を知った米国カリフォルニア大学の John W. Severinghaus 教授が来日し、この原理発見が青柳卓雄博士であることを世界に示してくれたのです。これは本当に良かったと思います(スギ花粉症の症状を世界で初めて報告したのは日本人ですが、これを英語の論文をしなかったために、この業績が日本人のものではないと言われることがあるのは有名なハナシです)。
パルスオキシメーター発明による医療の質向上に多大な貢献をした業績が認められ、博士は 2002 年に紫綬褒章を受章、2015 年には米国電気電子学会(IEEE)が医療分野の技術革新に送る賞「IEEE Medal for Innovations in Healthcare Technology」を日本人として初めて受賞しました。素晴らしいですね。さらに、2013 年にはその業績をもってノーベル医学生理学賞候補として推薦されていたことも明らかになっています(受賞には至りませんでしたが)。
ひとつのアイディアから医療現場を大きく変える発見がなされるのはときにありますが、これほど身近にあるものだとそれがアタリマエすぎてそのことを忘れてしまいます。すべての医療を進歩する発明・発見に感謝してまた明日から診療していきたいですね。
