お腹が痛いというだけでも数多くの疾患があり、1 回の外来診療や救急外来で一発診断するのはなかなか難しいことが(しばしば)あります。
2023 年 4 月に勤務医から開業医になってから院長が「スッパリやめた」ことがあります。アルコールではありません。院長は呑めないどころか採血前の消毒でも皮膚がかぶれてしまうので。ましてや長らく がん専門医 をやっていたのでタバコでもありません。
答えは「夜間の当直医業務」です。
現在医師会の休日夜間急患診療所の当番に当たることはありますが、これは 23:00 に終了しますので「泊まり」はありません。終了後すぐに帰ってまた翌日診療、となると忙しいですがこれはなんとかなります。
2024 年 4 月から医師の「働き方改革」が正式に導入され、勤務医については週単位・月単位での総労働時間に規制が入りましたが院長が勤務医をやっている頃にそんなものはなく、
7:30 病院に着く ⇒ (★)7:45 病棟の班長をしていたので班員といっしょに担当患者回診 ⇒ 8:00 から病棟のカンファレンス ⇒ 8:45 手術室で麻酔導入して 9:30 頃から手術開始 ⇒ 15:00 手術終了、患者さんのご家族に説明 ⇒ 16:00 病理検体処理 ⇒ 17:00 すごく遅い昼食 ⇒ 18:00 病棟の班で回診したり当日の検査データ・術後状態のチェック ⇒(◎) 19:00 通常業務終了、このあと当直 ⇒ 翌朝 8:00 頃まで「泌尿器科・乳腺外科・形成外科・整形外科」4 診療科の患者さんからかかってくる電話対応や来院された患者さんの対応、さらにはその 4 診療科の病棟対応で「1-2 時間ごとの細切れ睡眠を 2-3 回確保」⇒ また(★)に戻って(◎)になってようやく帰宅・・・。というはもう日常茶飯事でした。今振り返ると、こういうときって 36 時間くらい連続で病院にいたことになりますね。もうやりたくない・・・。
現在勤務医の先生方は当直明けはほぼ強制的に Duty free となり、翌朝すぐ、もしくは午前中には帰宅できることが多いと聞いています。そのほうが絶対に良いです。疲労困憊の医師に外来で診られたり、手術される患者さんが心配なので。
そんな当直業務。いろいろな患者さんを診させていただきました。あまり詳細な病歴は個人情報や守秘義務の観点から紹介できませんが、「泌尿器科の救急と言えば・・・」という疾患は何回経験したかわかりません。何ていう病気でしょうか。
・・・答えはそう、尿管結石症です。岡山赤十字病院の富永先生の報告(日泌誌 2016 年)によると、救急を受診された 56407 例のうち泌尿器科疾患は 1480 例(2.6%)で、そのうち尿路結石は 546 例(泌尿器科疾患の 36.9%)だったそうです。尿管結石例を月別に分けると 7-9 月が多い傾向がありました。
・・・ちょうど今の季節ですね。
ここで考えていただきたいのが泌尿器科疾患の正診率(診察時の診断名が妥当であった確率)です。これは全体で 72.3% (尿路結石の診断率は 91.2%)であったと報告されています。100 名の泌尿器科患者さんが救急で受診すると、28 名で最初の診断名と最終的な病名が異なるわけです。
救急外来え患者さんにわれわれ医師が説明したい、最も重要な点がこの「正診率」です。救急外来は、すべての画像診断(MRI や CT)、すべての検査ツールが日中と同様には利用できず(尿沈渣と呼ばれる、「尿を遠心分離した際に沈殿する固形成分(赤血球・白血球など)を顕微鏡で観察する」検査など、通常の時間なら検査技師さんがすぐに行ってくれる項目も休日夜間帯はできない施設が多い。ちなみに主治医自ら検体まわして・・・とかいう時間はまずありません)、限られたスタッフ・設備で診療しなければいけません。
そのため、例えば首痛で来られた患者さんが実は心筋梗塞だった、とか、腹痛で来られた患者さんが採血・エコー・レントゲンで大した所見がなく一度帰宅したものの、翌日に急性虫垂炎の穿孔(いわゆる盲腸)で青い顔をして再診して緊急手術、ということは決して珍しくはないのです。
1995 年、2011 年と少し古いデータですが、米国で救急外来を受診した「腹痛」の患者さんの初期診断は以下のようだったそうです。
9%・・・消化器外科的疾患(帰宅可能)(胃腸炎など)
12%・・・泌尿器科的疾患(帰宅可能)(膀胱炎など)
12%・・・婦人科的疾患(帰宅可能)(月経痛などを含む)
18%・・・診断確定して入院(いわゆる盲腸や尿管結石にともなう腎盂腎炎など、さまざま)
21%・・・原因不明(診断未確定)⇒ 基本的に帰宅して時間経過をフォロー
そんなわけで、最も多かったのがなんと「診断未確定」なのです。これは問診による病歴・腹部所見・採血などの検査・エコー(ときには CT も含む)などの画像検査などを駆使しても、なかなか確定診断が得られず、「時間の経過」で診断されやすくなる(⇒ 症状や画像所見などが典型的な感じになってくる)疾患が世の中には数多くある、ということの証左です。
ですからわれわれ臨床医は「様子を見ましょう」という言葉をよく使うのです。これは医師の心中を説明すると
「正直に申し上げて、今の時点で確定的な診断を申し上げることはできません。少なくとも現時点ですぐにお腹を開けなきゃいけないとか、内視鏡をやらなければならないとかそういう緊急性はなさそうです。ただし腹痛は経過を診ないとなんとも言えないことがあるから症状の変化(これについては、院長は具体的に「体温が ◯◯ ℃ になったら」とか「痛みが 6 時間以上続いたら」とか、数字を伝えるようにしています)によってもう一度受診してくださいね、とか消化器専門の病院に受診してくださいね、ということで紹介状を書いて渡したりするわけです。
明日はそんな救急外来で泌尿器科疾患の 1/3 以上を占める尿管結石について院長が経験したことをお話ししたいと思います。
腹痛って一言でいっても難しい!