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院長が小中高生の頃に受けた性教育についての授業が全く印象に残っていないのですが、それではいけないのでしょうね。

[2025.08.05]

泌尿器科医をやっているとメンズヘルス分野、すなわち男性の健康に主眼をおいた医療の分野についても専門的な診療を担うことが求められます。その一環として男性の性教育についてレクチャーなどを行うことがあります。この性教育、これまではなかなか効果的な方法が確立してこなかった歴史があります。特に日本では "秘するが花" みたいな文化があるせいか、かつては小学校高学年になると「女子と男子が別々の部屋でそれぞれについて同性の先生が説明する」みたいなことが一般的であった気がします。

そんななか、以前から欧米などでは実践されてきており、最近少しずつ認知されて教育現場で少しずつ取り入れられるようになってきたのが「包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education:CSE)」という考え方です。

さて、日本の性教育の歴史をさかのぼってみると、明治時代からその萌芽が見られます。たとえば、結核予防や性病(当時はほぼすべて梅毒を念頭においていました)に対する公衆衛生活動の一環として「衛生教育」が行われていました。ただし、この頃の性教育はあくまで「感染症対策」や「風紀乱れの予防」が目的。性に対するアプローチはあくまで “リスク回避” であり、性をポジティブにとらえる、という概念はありませんでした。

その後、戦後になると学校教育の中に「保健体育」という教科が設けられ、ようやく思春期の身体の変化や妊娠・出産、避妊法などについても教えられるようになっていきます。

とはいえ、1960〜80 年代の日本の性教育は、かなり「制限された」ものでした。

  • 中学生には避妊の方法は教えない

  • 性交については「結婚後にするもの」として暗黙の了解で扱う

  • 性感染症や中絶については“おそれ”としてのみ語られる

そんな、ある意味で「禁欲的」で「不完全」な教育だったのです(ただ、今でも中学生に避妊の方法は教えない、という意見もあるようです。院長が中学校の先生に聞いた限りのハナシですが)。

このような状況のなか、世界保健機関(WHO)をはじめとする国際機関は、2000 年代以降、「包括的性教育」の導入を強く推奨しています。包括的性教育とは一言でいえば、「子どもや若者が、自分自身や他者を尊重しながら、性や人間関係について正しく学び、判断し、行動できるようになるための教育」です。

国際セクシュアリティ教育ガイダンス(UNESCO, UNICEF, WHO などが協同して作成)では、包括的性教育として以下の 8つのキーコンセプトがあり、4 つの年齢グループ(5~8歳、9~12歳、12~15歳、15~18歳)ごとに、繰り返し学習することを推奨していまs。

1.人間関係
2.価値観、人権、文化、セクシュアリティ
3.ジェンダーの理解
4.暴力と安全確保
5.健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
6.人間のからだと発達
7.セクシュアリティと性的行動
8.性と生殖に関する健康

つまり、単に性交渉のやり方を教える教育ではなく、「どうやって自分と他人の尊厳を守りながら性と向き合うか」を学ぶもの、といえます。

日本においても「包括的性教育」の必要性は徐々に認識されつつありますが、課題は山積みのようです。

1. 教える側の知識と体制の不足

日本の教員養成課程では、性教育を専門的に学ぶ機会が限られており、「どこまで教えていいか分からない」「保護者からクレームが来そうで怖い」と感じる先生も多いのが現実です。

また、学習指導要領には「性交」「同意」などの言葉についての説明がなく、教育現場ではあいまいなまま進行する授業も多いのが実態とのことです。

2. 保護者・社会の偏見

「そんなことを小学生に教える必要があるのか?」
「性教育は家庭ですべきで、学校で教えるのは行き過ぎでは?」

そんな声が保護者を含む親世代からあがる、ということがあります。特に「性=いやらしいもの、タブーなもの」という文化的な空気感が拭えない現在の日本では、“オープンな議論” がなかなか難しい雰囲気があるように(講演などをしていても)思います。

3. でも、少しずつ動いています

たとえば、東京都では区によって性的同意や LGBTQ+ の理解を含めた包括的性教育を小学校から実施しています。また、SNS上で「性の同意ってなに?」「性的画像のやりとりはどんなリスクがある?」といった啓発をするユース世代向けアカウントや、YouTube などで性教育を発信する医師・教育者も増えています。

では、これからの性教育はどうあるべきか。次のような視点が重要になるように思います。

① 教える内容の「アップデート」

性教育はもはや「性器と生理の話」で終わる時代ではありません。

  • LGBTQ+ に関する知識

  • 性的同意(YES・NOを伝え合う力)

  • 性的暴力の予防と対応

  • ネット時代のリスク教育(SNS を入口とする未成年に対する性的搾取やリベンジポルノの実例など)

こうした現代の子どもたちが直面する「リアルな課題」に寄り添った内容が必要でしょう。

② 「家庭」×「学校」×「社会」の連携

性教育は、家庭だけ、学校だけ、SNS だけではもちろん完結できません。むしろ、それぞれが役割分担し、協力して子どもを "リアルに" 支える姿勢が求められます。保護者の理解を得るための地域向け研修会や、教育現場での研修制度、性に関する悩みを相談できる第三者機関の拡充など、「学びと対話の場」を社会全体で広げていく必要があります。

③ 子どもの「自己決定」を尊重する

性教育は、押し付けでも、管理でもありません。大切なのは、「自分の体は自分のもの」としっかりと理解できる助けとなるような教育をすることです。たとえば、小学生でも「自分のカラダを守る必要がある場面がある」ことを理解し、中高生なら、「自分の性自認や恋愛の傾向を安心して話せる場がある、好きな相手に対してもイヤなことはイヤといえる」ことが必要であることをしっかりと分かること。それが、将来の性暴力やハラスメントの防止にもつながっていくはずです。

性とは、「生きること」そのものに深く関わっています。だからこそ、包括的性教育は、単なる知識の詰め込みではなく、「その子らしい生き方を考えるための学び」を提供する方法論のひとつといえます。「早すぎる性教育はよくない」ではなく、「正しく、早い段階から伝えることが、その子の人生を守る力になる」という視点が、これからの教育には求められていきます。

性の話題をもっとあたりまえに。誰もが安心して「知ること」「話すこと」ができる社会を目指す。それがよりよい性教育のカタチへとつながっていくでしょう。

・・・こういった話題は言葉遣いに非常に気を使うので、今日は 1 時間もブログにかかってしまいました。

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